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【裏】大奥

其の拾四


秀麗はもう体を動かす事も出来ない程に疲れ切っていた。
しかし紅蓮から中に残したままでは駄目だと注意されていた事を思い出し
重い体に鞭打って、兼光の胸から離れた。
「秀麗?」訝しげな兼光の声に
「湯に・・・・・」

「私が連れて行こう」
そんな申し出に秀麗が慌てて、「一人で大丈夫で御座います」と辞するが
兼光は頑として譲らなかった。
そして秀麗は普段自分たちが入る事のない兼光専用の湯に浸かった。

湯の中で兼光の指が秀麗の後孔から自分の吐き出した物を掻き出している。
兼光の膝の上で、身を縮めるようにしている。
この事後の行為が秀麗は一番嫌だった。
冷静になった心と体に指を入れられる事は、繋がるよりも恥ずかしかった。

「秀麗・・・・・」
「はい・・・上様」
「明日から又秀麗の顔を暫く見られないな・・」
その声が本当に寂しそうだと秀麗は思った。
「上様は・・跡継ぎを望まれておりますので、仕方御座いません」
「もう3人も子は生した・・・それでも『お子を、お子を』と言われる・・・」
兼光は常々自分が子を生ませる為だけの存在のような気がしていた。

「上様・・・・」秀麗はこの時兼光の孤独を見たような気がした。
「秀麗は上様のお戻りをお待ちしております・・・」
ついそんな言葉が口から出てしまった。

秀麗の言葉を受けた兼光が、秀麗の体をぎゅっと抱きしめる。
「・・・秀麗・・・ここで致して良いか?」
何度でも抱きたい・・・暫く逢えないのなら尚更だ。
「だ・駄目で御座います・・・小姓たちが外で待っております」
二人の小姓は兼光と秀麗が湯から上がるのを外で待っている。

中を掻き回していた指が秀麗の良い所を擦った。
「あ・・・っ上様・・・駄目で御座います」
行為の後、そして湯で温められた秀麗の体が兼光のモノを受け入れるのは
そう難しい事では無かった。

「はぁ・・・・っ」膝の上で抱えられ貫かれる秀麗の声はもう外の小姓たちが
顔を赤くして聞き耳を立てる程、甘く切ないものだった。

そしてその夜、秀麗が自分の部屋に戻る事は無かった。


次の朝、兼光が登城するまで放してもらえなかった秀麗が自室に戻って来たのは
皆が朝の食事を済ませ、寛いでいる頃だった。
秀麗は部屋に戻り、文机に向かって座った。
「?」何となく違和感がある・・・
自分が居た時と何かが違う気がしたが、小姓が掃除でもしてくれたのか?
と思い直し、机の上の書物を手にした。

「!」
薬草の書を持つ秀麗の手が震えている・・・
「秀麗様如何なさいましたか?」
秀麗の態度をおかしく思った小姓の一人が声を掛けた。

「この部屋に誰か入りましたか?」秀麗が抑えた声で確認したが
「私たちが居る間は誰も・・・・でも掃除や食事で部屋を外す事も・・・」
「・・・・そうですか・・・」
「秀麗様?」不安そうな声で小姓が聞くが
「いえ、何でもありません・・・・少し書を読みたいので・・・」

秀麗が書物を読む時は静かに読んでもらいたいから
ふたりの小姓は遠慮して、秀麗の部屋から目の届く庭でのんびりさせてもらっていた。
「はい・・秀麗様、ご用の時は庭におりますから」
そう言って二人の小姓は部屋から出て行った。

小姓が居なくなるのを確認して、秀麗はもう一度、その書物を開いた。
表紙は何の変わりも無いが中を開くと
それは墨で真っ黒に塗りつぶされて、字など読める状態では無かった。
ぱらぱらと捲ると、読める箇所もあるが、それはほんの少しの割合だった。

他の書物も確認してみた・・・・
「ひどい・・・・」秀麗は今にも泣きそうな顔で、その真っ黒の書物を見ていた。
簡単に手に入る書物では無かった・・・
まだ殆どを書き写しては居なかった。

「秀麗・・体は大丈夫か?」そう声を掛けながら紅蓮が部屋に入って来た。
秀麗は慌てて、その書物を後ろに隠したが、それを紅蓮が見逃す筈が無かった。
「秀麗、どうした?」
紅蓮が秀麗に詰め寄ったが、秀麗はただ被りを振りながら書物を隠す事だけに気を取られていた。

その腕を紅蓮が掴んだ。
「何を隠した?」その声はもう何時もの優しい紅蓮の声では無かった。
秀麗は諦めたように、書物を出し
「紅蓮様、すみません・・・私の不注意で・・墨を零して書物を台無しにしてしまいました」
折角ふたりで勉強しようと約束したのに・・・
秀麗は悔しくて、そして悲しかった。

紅蓮はその書物を取り上げ中を確認した。
「・・・秀麗、誰がやった?」強い口調に秀麗は
「私が・・・・」
「誰がやったかと聞いている!」
「・・・判りません・・・朝見たら・・・」それ以上は秀麗も本当に判らなかった。

紅蓮はその書を手に秀麗の部屋を出た。
「紅蓮様!何処へ・・・」秀麗の問い掛けに答える事無く紅蓮は廊下を急いだ。
その紅蓮の後を不安気な顔で秀麗が追う。


紅蓮は春野の部屋を声も掛けずにばしっと開けた。
「おや紅蓮様・・突然如何なさいました?」
「春野、これはお前の仕業か?」墨で汚れた書物を突き付けた。
一瞬顔を強張らせた春野が涼しい顔で
「何の事でしょう?朝っぱらから大騒ぎして・・・濡れ衣も良い所・・・」

「紅蓮様・・・もう・・」秀麗が紅蓮の袖を引くが紅蓮は春野の顔を睨むように見つめたままだった。
「ほう・・お前が秀麗か・・・」
この時が秀麗と春野の初顔合わせだった。
上から下へと舐めるように秀麗を見て
「夕べは湯殿の外にまでお前のはしたない善がり声が聞こえていたぞ」

その言葉に秀麗は顔から火が出そうな程赤くなってしまった。
体が小刻みに震えてくるが、それを止める事など今の秀麗には出来なかった。
紅蓮に湯の中でまで繋がってしまったのを知られた・・・
何故だかそれが、とても恥ずかしくて浅ましくて・・・

そんな秀麗に追い討ちをかけるように春野が一言放った。

「淫乱」

春野の言葉に赤く染めていた頬が次第に青ざめて行った。
「春野!」紅蓮が強い口調で春野を咎めた。
「本当の事を言っただけだよ、それは秀麗が一番判ってる事だろうし?」
秀麗は春野に言い返す言葉が無かった。

昨夜湯の中で繋がっていたのは本当の事だ・・
そして自分があられもない声を上げてしまったのも事実だった・・
秀麗は足に力が入らなくなって、膝から崩れ落ちた。
「秀麗!」紅蓮がそんな秀麗を抱かかえる。

秀麗を一瞥し「余程激しかったとみえるな・・・」
もう此処に居たくなかった・・
「紅蓮様・・戻りたい・・・」縋るような秀麗の声に紅蓮が頷いた。

「紅蓮様、今度私を疑う時には、ちゃんと納得行く証拠でも見せて下さい」
その言葉に紅蓮も強い目で春野を睨むが、何の証拠が無いのも確かだった。
紅蓮は秀麗に手を貸しながら、秀麗の部屋まで連れ帰った。

奥に敷いてある布団に秀麗を寝かせる。
「紅蓮様・・・申し訳御座いません・・・」
「何故秀麗が詫びる?」
「折角、一緒に勉強しようと思ってたのに・・」
「書物はまた探して揃えれば良い・・・それよりも少し眠った方がいい」

昨夜、散々兼光に貫かれ、そして大事な書物を台無しにされた上に
汚い言葉で傷つけられた。
秀麗はそっと目を閉じた・・・その目尻から涙が零れ落ちたのを紅蓮は見ていた。

秀麗が眠りに落ちるのを確認すると、秀麗付きの小姓に目を離さないようにと言い含め
秀麗の部屋を出て自室に戻った。

『朝顔と書物・・・・いったい誰が?』
紅蓮は上様に暇を出された春野しか考えられなかった。
春野はかなり自尊心の強い男だったし、根っからの男色だ・・
だが、これから自由の身になれば逆に好きに交わる事が許される。

じっと考えている紅蓮に小姓が声を掛けた。
「紅蓮様、今回はいつお出かけになられますか?」
兼光の居ない七日の間に1日だけ外の世界に出る事が許されていた。
勿論小姓を伴い、確かめた事は無いが多分密かに見張られては居ると思う。
ここから逃げ出す者は今まで居なかったが、もしもの場合と
何か事件に巻き込まれないようにの配慮だと紅蓮は思っていた。

「そうか・・・明日にでも秀麗も誘って出かけるか?」
そう返事をすると、小姓達は喜んで秀麗付きの小姓に伝えてくると言って部屋を出て行った。
そんな二人に口元を緩めながら、秀麗も外の空気を吸えば少しは元気になるだろうと思った。

此処に居る分には不自由など無かったが
やはり外の世界で書物を買ったり、芝居を観たり・・・

早速その事を佐助に伝えに行った。
「判りました、明日ですね・・・今日は春野と楓が出掛けております」
「春野が出掛けた?」
今此処に春野が居ない事に安堵しながらも、何となく胸騒ぎがする気がした。

「春野と楓が、今日1日何処で何をしたのか、後で私にも教えてもらえますか?」
佐助にそう頼むと、最初は惚けていた佐助が最後には折れて
「判った」と頷いた。
『やはり見張りが付いていたか・・・』
紅蓮は別にそれを責めるつもりも暴露するつもりも勿論無かった。

夜、秀麗の部屋に行くと、秀麗が不思議な顔で
「小姓が言っておりましたが?」と聞いて来た。
前回秀麗は兼光のお陰で殆ど寝たきりの七日間だった為その事を知らなかったのだった。

紅蓮がここの仕組みを教えてやると、秀麗の目が輝いた。
「本当ですか?私も出掛けて宜しいのですか?」
「ああ、もう佐助の許可は貰ってある」
「あぁ有難う御座います」
余程嬉しいのだろう、今朝の暗い顔が嘘のように明るい普通の少年の顔に変わった。

「秀麗・・・明日何処へ行きたい?」
「はい・・・書物も見たいし、硯も・・」秀麗らしい答えに笑顔が零れる。
「そうか・・・楽しみだな」


紅蓮は秀麗の部屋を後にすると、その足で佐助の部屋に向かった。
春野と楓の今日の様子を聞く為だった。
部屋に招かれると、佐助は苦虫を噛み潰したような顔を向けた。
「どうされました?」
「うーーん・・・」佐助は言おうか言うまいか迷っているようだった。

そんな佐助に紅蓮は朝顔と墨で汚れた書物の事を打ち明けた。
「そんな事が・・」流石に上様から贈られた物をそのように扱われると
佐助にも怒りと、そして不快感を顔に表した。

「それが・・見失った」
「どういう意味ですか?」
「いや・・金物屋に入った後、いっ時程所在が判らなかったという事だ・・」
「金物屋?」何の必要があるのか?紅蓮はそう思ったが
「表向きは金物屋だが・・・裏で良からぬ事をしているという噂もある」

「良からぬ事?」
「・・・阿片だ」佐助が唸るように口にした言葉に紅蓮の顔色も変わってしまう。
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