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【裏】大奥

其の拾七

小雪が意識を手放すと、紅蓮はそのまま寝かせて部屋を出た。
行き先は佐助の部屋だった。
「紅蓮です」紅蓮の重々しい声に待っていたかのように佐助が
「おお、紅蓮様お入り下さい」と部屋に通した。

紅蓮が部屋に入るとそこには芳の姿があった。
紅蓮はどうもこの男は苦手だった・・
と言うかこの男の顔を見るのは気が重い。

自分が放った瞬間まで見張られているようで・・
案の定、芳は紅蓮に向かって
「お前も大変だなぁ・・・」と揶揄して来る。

「誰のせいだと思っている!お前達がちゃんと目を光らせていないから・・」
紅蓮は負けじと、芳を睨んだ。
「おお怖い」芳はそう言って肩を竦めただけだった。

だがおかしい・・・どうしてこんなに佐助も芳も余裕なんだ?
「何を知ってる?」そう言う紅蓮に
「俺が知っているのは、お前がさっきまで小雪に突っ込んでいた事だけだ」
何時までたっても揶揄する口調に紅蓮が摘み寄らんばかりに近づいた。

「まあまあ・・紅蓮様も・・・芳も口が過ぎるぞ」

紅蓮に3年前、小次郎が死んだと教えてくれたのは、この芳だった。
泣く事も忘れたような紅蓮に「泣きたければ泣けばいい」と胸を貸してくれた。
その時紅蓮は不覚にも芳に取り縋って泣きに泣いた。
何の為に自分が此処で男の自尊心まで捨てて、男に抱かれていたのか・・

そんな紅蓮に「生きていれば、そのうち良い事もあるさ・・」と慰めの言葉を掛けた。
だがそれからの紅蓮は、自暴自棄になって自分の身を苛めた。
そして芳は、時折ふっと気配を現す。
見られている気がして振り向いても、もうそこには芳の姿は見えはしなかった。

紅蓮の一方的な思い違いかもしれないが、芳とは男の友情のようなものを感じていた。
慣れ親しんでいるとはいえ、やはり抱いたり抱かれたりするのを見られるのは
あまり面白くはない。


「どうして放っておく?」
紅蓮は芳は知っていると決め付けて問い詰めた。
「紅蓮様・・もう少しお待ち下さい」答えたのは佐助だった。
「待てと?」
「もう少し炙り出してから・・・それまでは暫くお待ち下さい。」

「だが・・秀麗の身に良くない事が起きてからでは遅い!」
今は何よりも秀麗の身の安全を優先しなければならなかった。
「判っております、秀麗様に手出しはさせません・・」
佐助の言葉に
「上様も同じ考えなのか?」と聞くと
「上様は何もご存知ありません・・・・」

佐助も今回の事を兼光に話すかどうか迷って、結果話さないと決めたのだった。
あの調子だと、表での生活もまともにこなさないで裏に戻ってきそうだ。
もしくは秀麗を自ら何処か別の場所でに軟禁するかもしれない。
とにかく、兼光に知られたら今回の計画は台無しになってしまう。

「もし秀麗の身に何かあったら・・・ただじゃ済まないぞ・・」
「紅蓮様?勘違いなさらないで下さいよ、
私が守るのは上様と、この大奥であって、秀麗様では御座いません」
佐助はそうはっきりと断言した。

「勿論秀麗様もちゃんとお守りします・・・
だが究極の選択を強いられたら、ここを取ると言ったまでです・・」
佐助はそう付け足した。
「そうだな・・・私達は幾らでも挿げ替えられる・・・単なる捨て駒だ」
紅蓮は判っては居たけど、はっきり言われると、やはり自分達の立場は弱いと
改めて気づかされた。

だが早くに気づいて良かった・・・
もし秀麗の身に何か起きてからは遅い。
自分が守るしかないんだ・・・そう思ったが

「紅蓮余計な事はするなよ」芳が紅蓮に釘を刺す。
「私達には生きる権利は無いと言うのか?」
「ある!だが、命の重さが違う」

芳からそんな言葉を聞かされるとは思わなかった。
『生きろと言ったのは・・・お前じゃなかったのか?』
そう言いたい気持ちを紅蓮は唇を噛んで耐えた。
今何を言っても・・・いや、それが事実だ。

自分達のように金で買われた男の命よりも
天下の将軍様の命の方が重いかもしれない・・・
だが、どんな命でも亡くせば泣く者が居るんだ・・・・・・

紅蓮はやっと小次郎を忘れさせる、
いや小次郎の思い出を語りながら、それでも一緒に生きて行こうと思う秀麗に出逢った。
此処を出て、秀麗と一緒に夢を実現させる、それが今の紅蓮の生きがいだった。
秀麗も同じ気持ちで居てくれるのが判った。

紅蓮は秀麗と指切りした小指をじっと見つめた。
そして部屋を出て対策を考えながら歩く紅蓮の後ろから
芳が一言囁いて、そして風のように姿を消した。

「俺にとって一番重いのはお前の命だ」
紅蓮が振り向いた時には芳の姿はもう何処にも無かった。
「ふざけるのも大概にしろ」
どうせ何処かで聞いてるだろう芳に聞こえるように呟いた。

「ふざけるのも大概にしろ」

その言葉に返事は返って来なかった。
紅蓮の足は秀麗の部屋に向かっていた。
「秀麗・・いいか?」
「紅蓮様、どうぞお入り下さい」
先ほどよりも幾分元気な声が返って来た。

「どうだ?調子は」紅蓮の労わる声に少し目を伏せながら
「はい・・・ご心配おかけしました」
そう答える秀麗の傍に寄り、秀麗の肩をぎゅっと抱き寄せた。

「ぐ・・紅蓮様?」
「暫く・・暫くの間抱きしめさせてくれ・・」
紅蓮の辛そうな声に秀麗は肩の力を抜いた。
『口付けさえも許されないのか?』
だがその考えに反するように、紅蓮は秀麗の唇に顔を近づけて行った。

カタッ!

天井から物音がした、その音に目を閉じていた秀麗がビクンと体を震わせたから
紅蓮はその唇に触れる事なく、秀麗の体から離れた。
「ねずみだろう・・」
『芳め・・・』
「紅蓮様、大丈夫で御座いますか?」
心配そうな顔で聞いてくるから
「あぁ大丈夫だ・・・秀麗の顔を見たら元気になった」

そんな紅蓮に秀麗がそっと指を絡めてきた。
ドキンと紅蓮の胸が高鳴る。
「紅蓮様・・秀麗には何の力もありませんが、せめて紅蓮様のお心が癒されれば・・」
肩を抱かれる事など何でも無いと秀麗は言いたかったが、
それを言葉にするのは止めた。

紅蓮は指を絡めたまま、秀麗の指を自分の口元に持って来た。
そしてそのまま口腔に収める。
「あ・・っ紅蓮様・・・・」
指を咥えられただけで、秀麗は甘い声が漏れた。

まるで交わっているような感覚に二人は陥った。

「紅蓮様ー紅蓮様はこちらですか?」
廊下から小雪の声がすると同時に襖が開いた。
ぱっと身を離したが、多分小雪には二人が何をしていたか判っただろう。
小雪は秀麗を刺すような目で見た。
だが何も言わずに、「紅蓮様・・・・なかなか戻られないので探しましたよ」
「小雪・・・具合はどうだ?」

「まだ足りない・・・」
その言葉に紅蓮が顔をしかめた。
秀麗の前であからさまなことを言って欲しくはなかった。
紅蓮の心を読んだように小雪が
「秀麗だって上様に散々可愛がられてるだから・・・私だって」
小雪の言葉に秀麗が俯いた。

『この身は上様に捧げた身だ・・・・』
秀麗は改めて自分の立場を考えた。
年季が明ける頃には紅蓮に呆れられる体になっているかもしれない・・・
そう思うと不安で、そして自分の身が怖かった。

「小雪話しがある、私の部屋に」
紅蓮は小雪を促して、秀麗の部屋を出ようとした。
そんな紅蓮の腕に小雪が自分の腕を絡めてくる。
それをそっと解きながら
「秀麗、誰が来ても部屋に入れるな、部屋から出る時は一人では駄目だ」
そう言って秀麗を見ると、秀麗が寂しそうにコクンと頷いた。

後ろ髪を引かれる思いで、小雪を落ち着かせる為に自分の部屋に戻った。
すぐさま抱きついて来る小雪を放しながら
「楓の部屋で何があった?何か吸ったのか?」
「・・・そういえば、いつもの香とは違った匂いがしてた」
「やはり・・・・」今小雪の前で阿片の名を出すのは躊躇いがあった。

「小雪・・・もう楓や春野の部屋には行かない方がいい」
「あの子たちが秀麗を狙ってるから?」
「それもあるが、小雪の為だ・・」
「・・・・秀麗が来てから、紅蓮様はおかしい」
「何がおかしいのだ?」
「おかしいから、おかしい!秀麗を好きになってしまった?」
「・・好き?」

「そう、紅蓮様は秀麗の事ばかり考えてる!」
小雪にはっきり言われ、自分が本当に秀麗の事ばかり考えている事に気づいた。
だが今此処で、秀麗への気持ちを認めてしまうのは
秀麗を更に窮地に立たせてしまいそうで、認める訳には行かなかった。

「秀麗は、まだ来て日が浅い・・・それに偶然だが私の知り合いの従兄弟だった」
「従兄弟?」
「そうだ、私の大切な人だった人の従兄弟だ、気にかけない訳には行かない」
「そうだったんだ・・・」

小雪は紅蓮の言葉を素直に信じた。
いや信じたかったのかもしれない。
小雪は紅蓮の手を取り「紅蓮様、此処を出ましょう」
小雪となら此処を直ぐに出る事も出来る。
だが、今此処を出る訳には行かない。

「あと1年・・・そうしたら此処を出る」紅蓮の言葉に小雪の手に力が入った。
「1年・・やはり秀麗の年季が明けるまで此処におられるつもりですか?」
「いや・・此処は過ごしやすい・・」
紅蓮はまだ疑っている小雪の体をゆっくり押し倒しながら
「小雪・・・・欲しい」そう囁いた。

「紅蓮さま・・・・」
まだ阿片が抜け切れない体は簡単に色に染まってしまう。
『秀麗の身を守る為なら・・・私は鬼にもなれるかもしれない・・・』
今小雪を敵に回す訳には行かなかった。
馴れ合いだけで今まで小雪を抱いてきた、それは小雪も同じはずだったが
秀麗の出現で微妙にお互いの意識が違ってしまって来ていたのだ。

「あぁ・・・紅蓮さまぁ・・・早く来て・・」
だが紅蓮の体はまだ繋がるまで育っていなかった。
紅蓮は小雪の帯を解いて、薄い胸に唇を這わせて行った。
赤くぷっくりとした実を啄ばむと、悩ましい声が漏れて来る。
目を閉じて懸命に自分を奮い立たせる・・・・

小雪の手が待ち遠しそうに、紅蓮の体に伸びて来た。
「・・・紅蓮様」
何の変化も起きてない紅蓮の体を手で扱き始めた。
「紅蓮様、小雪が口で・・」

だが、その日小雪と紅蓮が繋がる事はなかった。

それから数日何事も無く過ぎた。
兼光が裏に戻って来ると、紅蓮は兼光に呼ばれた。
勿論それは繋がる為だとは紅蓮も思ってはいない。
兼光の部屋に入る直前、芳がすっと近づいて来て
「余計な話は駄目だ・・・かえって秀麗を苦しめる結果になる」
そう耳元で囁くように言うと、いつものようにすっと姿を消した。
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