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【裏】大奥

其の弐拾


「紅蓮様は、もう以前好きだった方の事はお忘れになったのですか?」
紅蓮の体の上に跨るように乗っている小雪に聞かれた。
『小次郎・・・』
忘れたわけでは無かった、だが小次郎の事よりも秀麗の事を多く考えている自分に気づいた。
と言うよりも最近ではあまり小次郎の事を思い出さなくなっていたのだ。
『小次郎・・・許してくれるか?』
紅蓮は心の中で小次郎に手を合わせ許しを請うた。

小雪は紅蓮の肉棒に手を添え自らの体に埋めて行った。
「あぁ・・・紅蓮様」
あの日に小雪を抱くことが出来なかった紅蓮の体も男の生理でしっかりと勃起している。
「く・・・小雪そう締め付けるな」
「やだ・・何度でもして・・・」
小雪も直ぐにでも放出しそうな状態だった。

紅蓮は体勢を変えて、小雪を仰向けに押し倒した。
「紅蓮様・・・秀麗の代わりでもいいから・・・」
その言葉に紅蓮の動きが止まる。
「小雪・・・・」

年季が明けた半月後に紅蓮に言い寄って来た小雪だった。
「いつか紅蓮様に抱かれたいと思っていました」と。
自由の身でありながら、小雪は紅蓮としか交わってないだろうと思う。

小雪の事は勿論可愛いと思っている。
秀麗と出逢わなかったら、もしかして小雪とこれからの人生を歩いたかもしれない。

だが出逢ってしまったのだ・・秀麗と。
好きだった小次郎の面影を残し、そしてそれ以上に魅惑的な秀麗に・・・

「小雪・・・秀麗の代わりになら抱けない」
「どうしてっ?」
「小雪は小雪だろう?そう自分を蔑むような事を言うな」
「ぐ・・紅蓮様・・・ごめんなさい・・」

謝るのは自分の方だ・・
強請れるままに先の見えない繋がりを小雪と結んでいる。
「小雪・・・今回で最後だ、小雪も自分だけを見てるくれる相手を探した方がいい」
「紅蓮様・・・やはり小雪では駄目ですか?」

「すまない・・・・小雪のことは可愛いと思っている」
「・・・・最後なら・・・・私が壊れるくらい抱いて下さい」
「小雪・・・」
紅蓮は小雪の体を優しく抱きしめ、唇を重ねた。


皆・・それぞれ想う相手が違う事で苦しんでいる。



その頃春野の元に小さな文が投げ込まれた。
その紙を広げると『明日決行』とだけ書かれていた。
火鉢でその紙を燃やすと、春野は薄ら寒い笑みを口元に浮かべた。

それぞれの思いを胸に新しい朝が訪れた。

「秀麗、今日は城に上がらなくてはならない、一人で大丈夫か?」
もう片時も秀麗を離したくはない兼光だったが、自分の役目を蔑ろにする訳にも行かなかった。
「はい、今日は自分の部屋で書物に目を通そうと思います」
「そうか」

そう言いながらも秀麗の華奢な手を離そうとはしなかった。
「秀麗、城に上がる前に・・・」
秀麗の手を引き寄せ胸に抱きしめた。

「上様、駄目で御座いますよ・・・お勤めを優先させて下さいませ」
やんわりと秀麗に言い含められ、兼光は仕方なく腕を解いた。

「秀麗が待っていてくれると思えば、勤めも頑張り甲斐があるってものだな」
「はい上様」
秀麗はせめて年季が明けるまでは、兼光を大事にしようと思っていた。
自分を可愛がり大事にしてくれる兼光に自分が今出来る事は、それしかなかった。

名残惜しそうに秀麗の手を離す兼光を見送ってから、秀麗は自室に戻った。
久しぶりの自分の小さな城が、懐かしく思える程にずっとここには帰って来れなかった。
もう紅蓮の顔も何日見てないのだろう?
だけど今は・・・・

そんな秀麗の部屋に声を掛ける者が居た。
「秀麗、少し宜しいですか?」
声の主は思いもよらなかった春野だった。

「は・・春野様?」
突然の春野の訪問に身構えするが、自分の部屋だという事に少し安心を覚えて秀麗が
「はい、どうぞお入り下さい」と答えると。
ゆっくりと襖が開いた。

「久しぶりだね、元気でしたか?」
「は・はい・・・春野様もお元気なようで何よりで御座います」
「突然私が訪ねて来て驚いているって顔だね?」
やけに機嫌良さそうな春野に驚いてしまうが

「実はね、私も薬草に興味があってね、良い書物が手に入ったんだけど」
警戒していた秀麗の顔が一瞬にして輝いてしまった。
「どんな書物ですか?」
「漢方のなんだけど・・・」
悪戯っ子のような目を秀麗に向けた。

「漢方ですか!あぁ・・読んでみたいです」
『漢方』の言葉に秀麗は瞬時に夢中になってしまった。
「そう?興味あるのなら私の部屋に来ますか?」
「はいっ!」
秀麗は以前紅蓮に言われた事などすっかり頭から飛んでしまっている。

「では行きましょう」
楓に紅蓮の足止めは任せてある。
楓は何も知らなかったが、とにかく半時は紅蓮を部屋から出さないように
上手く話を繋いでおくように言ってある。

何も知らずに、漢方の書物に釣られた秀麗が春野の後を付いて歩いて来る。
前を歩く春野は怪しい笑みを浮かべ、自分の部屋へと秀麗を案内した。

「さあ入って、菓子でも如何?」
「ありがとうございます、あーこれですね!読んでも?」
「どうぞ」春野は秀麗に優しい声で答えた。

「では拝見させて頂きます」
そう言って机の横に座り込んで一心不乱に書物を読みふけっていた。
時折感嘆の声が漏れる。


だが暫くすると秀麗の体はふぁっと眠るように崩れて行った。

春野は秀麗が意識を失った事を確認すると、
燻っている火鉢の中に新しい灰をかけ、形跡を消した。
奥の部屋から黒装束の男が出てきて、無言のまま秀麗を肩に担いで
春野に目配せをすると、あっという間にその姿を消した。

兼光が裏に居ない時は警備も薄い。
まさにその時が狙い目だった。
あまりにも簡単に事が運び春野は笑いがこみ上げてきそうだった。

「この子が上様ご執心だと言う子か?」
「はい左様で御座います」
薄暗い部屋の中で小声で交わされる会話。

そこには縄を掛けられた秀麗が転がされていた。

その男はしゃがみこんで近くで秀麗の顔を覗いた。
「・・・・・なかなかの」そこまで言うと、ごくっと喉を鳴らした。
老中の黒沼はこの年まで男は抱いた事は無かった。
だがこれなら抱けるかもしれない・・・そう思わせる程秀麗は美しかった。

「上様の男好きにも困ったものだ・・・
早く引退されてゆっくり男遊びなされば良いものを・・」
まだ気づきそうもない秀麗の頬をすっと撫でながら話している。
そしてその頬の柔らかさにまたも目を細めてしまう。

「どれ上様のお手つき・・・一度味見するのも良かろう・・」
男妾をかどわかされて大騒ぎは出来ぬだろう。
黒沼はそう思っていた。

「まだ阿片は効いておるのだろう?」
「はい」
「強請るまで焦らしてみるのも一興だろうな」
「左様で御座います」

「で、上様はもう奥にお戻りか?」
「そろそろかと思われます」
「確認して来い」
「はい」
そう言うと黒沼の手の者は音も無く姿を消して行った。
「ふふふふ・・・・」
闇に黒沼の不気味な笑い声が響いていた。



その頃城から戻った兼光が秀麗の姿が見えないと佐助に詰め寄っていた。
「さて?自室に戻られたのでは?」
佐助も知らぬと答える。
「今すぐに此処に呼んで参れ」

戻った時に秀麗が居ない事に不機嫌な兼光が佐助に命令する。
「はい、畏まりました」
だが佐助は秀麗が自室に居ない事など当の昔に判っていたのだ。

佐助が兼光の傍を離れ、秀麗の部屋に向かう振りをして廊下を歩いていると
柱の影に芳が待っていた。
「秀麗様はどうだ?」
「まだ幸せそうな顔をして眠っておられる」
「黒沼はどう出る?」
「多分、床にひきずり込むかと・・」
「そうか・・・」
ここまでは予想内の出来事だ。

そして黒沼が次に阿片を使う機会を伺っていた。
だが次に使われる頃には秀麗はもう黒沼に貫かれた後だろう・・・
「さて・・どうしたものか」
佐助は兼光の執心ぶりに頭を痛めていた。

秀麗が傷つけられればどれほど怒り悲しむか佐助にはそれが想像出来た。
ずっと世話して来た兼光が秀麗をどれだけ大事にしているか知っている。
「上様の初めての恋だ・・」
男同士成就は出来なくても、何らかの形でずっと一緒にいる事は出来る。

「芳・・・私はずっと上様がお可哀想でならなかった・・・
男色にも関わらず、世継ぎを望まれ、無理な繋がりで3人もお子を成された
もう解放して差し上げても良いのかもしれないな・・・」

「それでは老中黒沼の思う壺でしょう?」
芳は冷たく佐助に言い放った。
「黒沼も娘を尾張になぞ嫁に出さねば、こんな欲を掻く事もなかったろうに・・」

黒沼は兼光を失脚させて、尾張の殿の娘婿を後釜に据えようとしていた。
そうすれば自分が実権を握る事が出来る。
そういうつもりで隠密を使い兼光を調べれば
裏の存在など直ぐに知れてしまう事だ。

上様の嘆きを思うと心が痛む。

そして芳も思う顔があった・・・
紅蓮だ・・
『きっと俺の事も許してはくれないだろう・・』

今の紅蓮には秀麗が必要だと思った。
小次郎の死から本当の意味で立ち直れたのは秀麗のお陰だ。
紅蓮が秀麗を想い幸せならば、それで良いと思っていた。

だが此処で秀麗の身に何かが起これば・・・・

佐助は兼光の為に秀麗を助けたいと
芳は紅蓮の為に秀麗を助けたいと・・・
それぞれ思いながらも、それを行動に移せない立場にあった。

「秀麗様には可哀想だが、ここは泣いてもらうしかあるまい・・」
佐助が重い口を開き、芳が頷いた。

痺れを切らしたのであろう、兼光が鳴らす大鈴が裏大奥に響き渡った。

その大鈴の音色はまるで警鐘のように鳴り響いていた。
その音に被せるように「秀麗はまだか?」と言う兼光の声も響く。
「秀麗?」紅蓮はイヤな予感がして、腰を上げた。

急いで廊下に出ると、紅蓮の道を塞ぐ者がいた。
「芳!どけ」
「何処に行くつもりだ?」
芳は紅蓮を通そうとはしない。

「芳、何があった?」
芳が人目に触れる所に居ること自体がおかしいと紅蓮は思った。
「もういいっ!」答えようとしない芳を押し退けるように紅蓮が進んだ。

だが紅蓮はその腕を捕られた。
「芳?離せ」
「お前が行っても何の役にも立たない」
「どういう意味だ?」

「俺は何も知らない」嘯く芳に掴みかかった。
「此処での事をお前が知らないはずは無い!」
「お前が俺に抱かれると言うなら教えてやってもいいぞ」
「芳・・?」
「俺の気持ちを知らなかったとは言わせないぞ」

紅蓮とて芳の気持ちを全く知らなかったと言えば嘘になる。
だが、芳を受け入れる気持ちは無かった。
「お前は両方いけるんだろう?俺を受け入れろよ」
「芳・・」紅蓮は唇をきつく咬んだ。

そして紅蓮は芳の背中を押し、一番近い部屋に押し込んだ。
「抱けよ!その代わり秀麗の事を話せ」
そう言い捨てると、紅蓮は畳に身を横たえ自ら着物の裾を開いた。

芳は口角を上げると、紅蓮に覆いかぶさり、その口を吸った。
快感を引き出そうとするような接吻だ。
「んんぁ・・・とっとと抱けば良いだろう?」
紅蓮の煽るような言葉に芳は紅蓮の膝裏を押し開いた。

芳は紅蓮の秘所に舌を這わせながら
「最近使ってないから固いな・・」と言うと
「何でもいいから、早くすればいい・・・」
紅蓮はこうしている時間が惜しくて堪らない。

『秀麗・・・』秀麗の危機を感じている紅蓮は焦っていた。
秀麗の為ならばこの身が裂けようが傷つこうが構わない。
芳の舌が紅蓮の蕾を解そうと動き出した。
「う・・・っ」
眉間に皺を寄せる紅蓮を見て芳は美しいと心の中で溜息を吐く。



その頃、老中黒岩の屋敷では、秀麗がようやく身じろぎを始めた。
『あ・・・頭が痺れて、体がふあふあする・・・・』
少し覚醒した頭は今置かれている状況を直ぐには理解出来なかった。
だるい体を起こそうとして初めて自分が拘束されている事に気付いた。

『えっ?何・・・どうして?・・・此処は?』
秀麗は頭の中では疑問だけがぐるぐる回っていた。
そしてそっとその瞼を開いた。

「!」
「おや、目が覚めたようだな?」
秀麗の目の前にいたのは、今まで見たことの無い男だった。
「此処は何処ですか?」
やっとそれだけが口から出てきた。

「ふふふ・・・そんな事は知らなくていい
それより、体はどうだ?気持ち良いだろう?」
「・・・貴方はどなたですか?」
流石の秀麗も尋常ではない雰囲気と自分の拘束に強張った言葉を吐いた。

「ほう、そういうきつい目もなかなか良いものだな、
流石上様が目をかけるのが頷けるな」
秀麗は上様の名が出てきて余計に身を強張らせた。
「そんな顔をするな、裏の事などちょっと調べれば判ることだ」

「私にどのような用があって、このような事を?」
秀麗は拘束されている体を捩って詰問した。
「ちょっと上様に交換条件をな・・」
その男は口端を歪めるように笑いながら秀麗に答えた。

「交換条件?どんな交換かしりませんが、私はそんな条件の駒にはなれません」
「さあ、それはどうかな?」
秀麗は兼光の立場を考えれば、自分など何の役にも立たない事は判っている。
「無理ならば、違う使い方も出来るものよ」

その男はそう言い放つと、秀麗の傍に近寄って来た。
「嫌だ、来ないで下さい」
秀麗は拘束され床に転がされた体で後ろにずり下がろうとするが
その体には力が入らずに、身動きが出来なかった。

「まだ薬が効いてるはずだ、今なら良い気分になれるぞ」
「薬?」
「阿片だ、どうだ気持ち良いだろう?」
「阿片・・・・・」

秀麗とて医者の息子だ、阿片が酷い痛みを麻痺させる為にも使われたりはするが
その他の用途に使われている事も充分知っていた。
「阿片はご法度のはず・・・」
「表向きはな・・・大丈夫だ使い方に気をつければ良い思いだけが出来る」

阿片は常用性の高い麻薬だった、そんな事は秀麗も知っている。
そんな秀麗が自分に阿片を使われた事に激しく動揺してしまった。
「嫌だ、来ないで!」
「気持ち良い思いをさせてやろうと言うのに・・・」

『いや・・・助けて・・紅蓮様・・・』
秀麗は心の中で紅蓮の名を呼んだ。
そして紅蓮の名を呼んだ自分の心に気付いた。

『あぁ・・私は紅蓮様が好きなんだ・・・』
兼光に優しくされ、抱かれる事にもいつの間にか慣れてしまっていた
何度も兼光に貫かれ精を吐き出している。
気を飛ばすほど自分も兼光に抱かれる事を悦んでいた。

兼光を好きだとも思ったりもした。
抱かれて眠ると安心するのは本当の気持ち
本当は寂しい兼光の心を癒してやりたいとも思っていた。

だけど、今自分が助けを求めるのは紅蓮だ・・・
『紅蓮様・・・助けて・・・紅蓮様・・・』
「ひっ!」

その時、男の手が秀麗の足首を捉えぐっと掴み引き寄せた。
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