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【裏】大奥

其の弐拾壱


「いやーっ!お願いです、はなして下さい」
秀麗の願いも空しく、その体は男の元に引き寄せられた。
その手が秀麗の下肢を撫で上げる。
「いや・・・・」秀麗の目に怯えが走った。

「そんな煽るような顔をするな」
舌なめずりをするように男が言葉を吐いた。
「いや・・止めて下さい、はなして・・・・」

『こんな男に陵辱されるのなら、死んだ方がましだ・・・』
だが秀麗にとって自ら命を粗末にする事は死ぬ痛みよりも辛い事だ。
小次郎兄さまにあの世で叱られてしまう・・
ぼんやりする頭に小次郎の顔が浮かんだ。

『紅蓮さま・・・』そして紅蓮の顔も・・・


「黒沼様、せっかくの所・・・今暫くお待ち下さいませ」
この男の臣下らしい侍が声を掛けた。
「今、矢文を放ちましたから、上様の動向を窺ってからで」
その黒沼と呼ばれた男は忌々しそうに秀麗に掛けた手を離した。

黒沼とて、兼光が易々と将軍の座を明け渡すとは思ってはいない。
「まあ良い、楽しみは後の方が甚振り甲斐もあるものよ」
その言葉に秀麗の背に冷たい汗がたらりと流れ落ちた。


そしてその矢文を見ている兼光の指が怒りに震えていた。
「秀麗・・・・」
この座欲しさに秀麗をかどわかすとは・・
兼光はそれ以上言葉にする事なく沈黙していた。

「上様!」痺れを切らした佐助が言葉を発した。
「上様、何をお考えですか?」
佐助は兼光の沈黙に一抹の不安を拭えなかった。

「佐助、私は秀麗を助ける」
「何をおっしゃいます!たかが秀麗一人の為に
その座を捨てるとおっしゃるのですか?」
佐助の言い分ももっともだ、だが兼光にとって秀麗は
『たかが』で済ませられるちっぽけな存在では無かった。

「佐助・・・私の我侭を聞いてはくれぬか」
搾り出したような声で兼光が言った。
「上様・・・」
佐助とて立場をないものとしたら、兼光の願いを叶えてやりたかった。

今まで欲しい物は何でも手に入り、不自由なく生きてきた。
だがその物に執着するような事は一度もなかった。
そんな兼光が初めて心から欲しいと願ったのが秀麗・・・

その昔、兼光に初めて男を抱かせてやったあの日、
兼光は佐助の手を取り『こんな私ですまない』そう詫びた。
性癖だけは簡単に変えられるものでは無い。
兼光のこの性癖はただでさえ孤独だった兼光を、より一層孤独にした。

「上様、秀麗様の事はお諦めになって下さい」
断腸の思いで佐助が言葉を吐いた。
「佐助・・・・」兼光は悲しい顔で佐助を見つめていた。





そして奥の一室では紅蓮の体は開かれ、
そしてその蕾には芳の舌先が入り込んでいた。
ぴちゃぴちゃと淫蕩な音が部屋に響く。

「そんなに秀麗が好きか?」
ふと顔を上げて芳が紅蓮に尋ねた。
「愛しい、大切にしたい」

紅蓮の膝裏を抱えていた芳の腕が解かれた。
「紅蓮、お前がもし、おっ立てでもしたら、俺は何が何でもお前に突っ込んださ」
そう言いながら芳は紅蓮の萎えたままの男根を指で弾いた。
「芳?・・・」

紅蓮とて、このまま芳が先に進めば自分の意思と関係なく
それは形を変えて行っただろうと思っていた。
だが芳は、快楽を引き出すまで紅蓮を攻めなかったのだ。
「芳・・・芳も好きだぞ」
紅蓮は微笑みながらそう芳に囁いた。

「ま、その言葉で俺は我慢するか・・」溜息混じりに揶揄する芳に向かい
「芳」紅蓮が声が低く確信に触れるようにその名を呼んだ。

「秀麗は黒岩の手に落ちた」
「黒岩?老中の?」
「そうだ」
「どうして?どうして黒岩が秀麗を?」
紅蓮が芳に詰め寄った。

「黒岩は上様失脚を目論んでいる」
「上様失脚・・・・」事の重大さに紅蓮の顔色が変わった。

「だからと言って、どうして秀麗を?」
「黒岩の手の者が此処に紛れ込んでいるからな」
「春野か?・・・」
「・・・そうだ」
芳の肯定に紅蓮が立ち上がったが、芳に引き戻された。

「今春野を責めても何も解決しない」
「も・・もしかして・・阿片も?」
紅蓮の妖艶とも思える顔が芳の頷きと共に曇った。

「芳、秀麗を助けてくれ、私が出来る事なら何でもする
命が欲しくばくれてやる、この体が欲しくば、くれてやる、
だから・・秀麗を助ける手助けをしてくれ、芳!」

「お前が命を張って秀麗を助けても、秀麗は上様の元に戻るだけの事だ、
それでもお前は良いと言うのか?」
芳の問いかけに迷わず頷く
「俺は秀麗が無事でさえあれば、あとはもう何も望まない」

『もう嫌だ、好きな者を失うのはもう嫌だ!』

小次郎を失った悲しみが秀麗で癒されたばかりだと言うのに
その秀麗を失う事など紅蓮には身を切られるよりも辛い事だった。

「どうしても助けたいか?」と芳が念を押した。
その芳の目を真っ直ぐに、睨むような顔で紅蓮は見つめ
「助けたい、助ける!」と頷いた。

「上様・・・お辛いでしょうが、此処でもし上様が座を退かれましても
秀麗が無事に戻る保障は御座いません」
佐助の惨い言葉に兼光は奥歯を噛み締めた。

「・・・それでも私は秀麗を助けると言ったらどうする?」
「何もかも失うかもしれないのですよ?」
「構わぬ」

兼光の即答に佐助は返す言葉が無かった。

「上様、紅蓮で御座います」
そんな時に外から紅蓮の声がした。
佐助が物申す前に兼光が「入れ」と言葉を発した。

兼光が顔を上げると、顔を強張らせた紅蓮が立っていた。
驚いた事に紅蓮の背後に芳が控えている。
「紅蓮・・芳も一緒か?」
紅蓮が芳と一緒という事に兼光は紅蓮が秀麗の事を知ったのだと理解した。

「上様!お願いで御座います、秀麗を・・秀麗を見捨てないで下さい」
そう言うと紅蓮は両手を突いて頭を垂れた。
「紅蓮・・・そなたは秀麗に惚れておるのか?」
兼光の問い掛けに紅蓮は視線を逸らさずに頷いた。

兼光は『やはりそうか・・・』そう思う気持ちと
『いつか二人で私から離れて行く』漠然とした寂しさを感じた。

兼光は芳に向き直り
「芳、秀麗を救う道はあるか?」と尋ねた。
「上様のお言葉次第でございます・・・」
兼光は芳のその言葉に決心した。


そしてその夜のうちに、主だった者へ一斉召集の声が掛かった。


黒沼の屋敷で秀麗は拘束されたまま、じっと横たわっていた。
これから自分の身が一体どうなるのか判らなくて不安な気持ちで
ただ目を瞑って、時を過ごしていた。

頭がすっきりしない為に良く判らないが、この屋敷の主が
上様失脚を目論む老中だというのが、会話から窺えた。
『私が、愚かな罠にかかったばかりに、上様にご迷惑をお掛けしてしまった・・』
秀麗はただ自分を責めていた。

『紅蓮様・・・せめて一目だけでもお逢いしたかった・・』
最近兼光と一緒にいる事が多かった秀麗はゆっくりと紅蓮と話もしていなかった。
『紅蓮様とご一緒に薬草の勉強をしたかった・・・』
そう思った途端急に寂しくなって涙が出てきそうになった。
もしかしたらもう紅蓮と二度と会う事は出来ないかもしれない・・・

『私はこのまま、此処で殺されてしまうのだろうか?』
不思議と恐怖は湧かなかった、
それが阿片による麻痺だという事も秀麗は自覚していなかった。

そんな秀麗に老中の黒沼が近づいて来た。
「どうだ気分は?」
言葉は普通だが、その手は秀麗の腰の辺りを撫で回している。

「私に触れないで下さい」きっと睨みつけて秀麗は言うが
秀麗が睨めば睨むほどその男の好色な目が輝いてしまう。
「まだ薬が効いているのだろう?」
その手が腰から尻の肉に移動した。

「うっ!やめて下さい」
「わしはまだ男は抱いた事はないが、お前はその辺の女子よりもそそるなぁ」
「嫌だ、その手をはなして下さい」

秀麗の抵抗など聞き流す男が、秀麗の体を仰向けにした。
「いやっ・・・」突然体勢を変えられ、秀麗は小さな悲鳴を上げた。
そしてその手が秀麗の胸元に掛かったかと思った途端
思いっきりその胸元を開かれた。

「いやっ!止めて!触らないで!」
二重に掛けられた縄が胸元を広げられたせいで、
秀麗のその白い肌に食い込んでいる。
「なかなか良い眺めだ」
今にも食らい付きそうな目で秀麗の小さな尖りを見ていた。

ついにその指がそのつつましい尖りに触れた
「いやぁーっ!触らないで!」
しかし抗いながらも秀麗はその身にざわつく何かを感じた。
「あっ!」尖りを摘まれ秀麗の口からは驚きではない声が漏れた。

「ほお!ここが気持ち良いのか?」
黒沼は秀麗の反応に固唾を飲み込んだ。
阿片の抜け切れない秀麗の体は小さな刺激でも意思とは関係なしに反応してしまった。
『嫌だ、嫌だ・・・こんなの自分じゃない・・・助けて・・』

秀麗の反応に気を良くした黒沼が執拗に秀麗の尖りを攻めた。
「いやっ・・やめて・・あ・・・」
陵辱されて甘い声を出す自分を殺してしまいたかった。
この男が憎い・・
この体が憎い・・・
『いっそ刺し違えてしまおうか?
どうせ死ぬのなら、せめてこの男を道連れに・・・・』

体に与えられる感覚を完全に快感に代えてしまう前に・・・
だが秀麗の身は緊縛されたままであった。

「あぁ・・・お願いします、縄を解いて・・」
秀麗は甘い言葉に熱い視線を沿えて強請った。
「何だ・・もう堪えきれなくなったのか?」
秀麗の言葉に鼻の下を伸ばした黒沼が秀麗を拘束している縄に手を掛けた。

秀麗は黒沼が自分を抱く為にあの腰に差した2本の刀を必ず腰から外す。
それを信じて、そしてその時をじっと待とうと思った。
男が一番気を抜く瞬間は吐精の瞬間だというのは
身を持って知っている、その時が最後だ・・・

そして秀麗は黒沼を誘うように
「縄を解いて下さい・・・」もう一度強請った。

「縄を解いて下さい・・・」
秀麗の言葉に黒沼の目が光った。
「その顔で上様をたぶらかしたのか?」
嬉しそうに言う黒沼に秀麗の心がキリキリと痛んだ。

黒沼が秀麗の縄を解きかけた時に、一人の侍が伝令を伝えに来た。
「忌々しい」
そう一言呟いた黒沼がその内容を聞くと口角を上げた。

明日の早朝、老中と若年寄に緊急招集がかかったのだ。
「ふふふ・・ははははは」
黒沼はその座がもう自分の物になったような笑い声を上げた。
「祝杯をあげるぞ」黒沼の言葉に秀麗は信じられない思いだった。

「まさか・・・上様が?」
「この時期に寄せ集めるとしたら、それしかあるまい」
だが秀麗はこの時に先ほど解きかけた縄がだいぶ緩んでいるのに気付いた。

「上様もお若いのに、病には勝てないとみえる」
黒沼の言葉に秀麗は、兼光が病気療養という理由で
将軍の座を明け渡す事にしたのだと確信した。

『私の為にそんな事はさせない・・』

「さて、今夜は美味い酒を飲みながら、そなたを堪能させてもらおうかな?」
一度は秀麗の体から離れた黒沼であったが、
そう言うと再び秀麗の傍に寄ってきた。
「薬がもう切れる頃だな・・もう少し焚いておくか」

黒沼が火鉢で何かを燻し始めた。
『阿片!』
秀麗は身を強張らせ、なるべくその煙を吸わないようにした。

「ふふふ・・待たせたな」
そう言うと、露わになった秀麗の胸に手を伸ばした。
「いや・・・」秀麗が身を捩ると
「これでは触りにくいな」と呟いたかと思うと
解け掛かった縄に手を掛け、その縄を秀麗の体から外した。

『まだだ・・もう少し・・・』
秀麗が心の中で秒読みを始めた。
黒沼の手が秀麗の帯に掛かる。
秀麗はぎゅっと目を瞑り、悪寒をやり過ごした。

秀麗の帯が体からしゅるしゅるっと抜かれてしまう。
覚悟はしたものの、こんな輩に抱かれるのは耐え難い。
閉じた秀麗の瞼から一筋の涙が零れ落ちた。
だが、秀麗にはやらなくてはならない事があった・・・

「おお何と白くて綺麗な肌だ・・・」
着物の前を広げた黒沼が感嘆の声を出している。
その手で秀麗の薄い胸を撫で回す。
「肌も吸い付くようだ・・」

秀麗は鳥肌が立つような黒沼の愛撫にも唇を咬んで堪えた。
「あっ!」
「ほう、女子のように此処が気持良いのか?」
黒沼の指は秀麗の小さな尖りを捏ねたり、摘んだりしている。
「あぁっ・・・お止め下さい」
「気持良いのだろう?尖ってきたぞ」
黒沼は若い男の肌の感触と、秀麗の美しい顔が歪むのが楽しくて仕方ないようだった。

「ここをしゃぶったらどうなるかな?」
「いや・・やめてっ・・」
阿片で朦朧とする意識の中、秀麗はわざと煽るような言葉を吐いた。

早く腰の刀を・・・
それだけが今の秀麗の望みだった。

黒沼の唇が秀麗の胸に降りてきた。
『嫌だ・・止めて・・助けて紅蓮様・・』
舌先で胸の尖りを突付かれた秀麗の体は嫌悪感でぞぞっと鳥肌が立った。
「おお、固くなったぞ」
それを快感の為と誤解した黒沼は、唇や舌を使って
秀麗の尖りを攻め続けた。

「いやぁぁ・・やめて・・・」
「気持良いのだろう?」
「いや・・・お願い・・・」
「こんな女みたいな華奢な体で、男を咥え込んでおったのか?」
黒沼は秀麗の体を撫で回しながら、その体を改めて見てみた。

黒沼が次の行動を起こしそうで、秀麗は身を強張らせた。
『私にはこれしか出来ない・・・上様申し訳御座いません』

兼光には乱暴に貫かれた事もあったが、
それ以外はいつも優しく抱いてくれた。
好きな書物も与えてくれた・・・自分は愛されていた・・

そして秀麗は一度も繋がる事が無かった紅蓮を思った。
『紅蓮様・・・私は紅蓮様が好きで御座います。』

体がだるくて動かない・・・
そんな秀麗の下肢を大きく広げ、その間に黒沼が入り込んできた。




その様子を芳が天井裏で覗いていた。
黒沼の手の陰の者は皆始末した。
芳は秀麗が喘ぎながらも、黒沼の腰の物をちらちらっと見ているのに気付いた。
『殺るつもりか?』
剣もまともに持った事など無いだろうに・・と芳は胸が熱くなった。

『もう少し待てよ、必ず助けてやるから』
ここで黒沼を密かに始末するのは簡単だ。
だが、阿片の流れを掴み、元から断たなくては何の意味も無かった。
それが芳のもうひとつの役目でもあった。

兼光が将軍の座を降りるという餌で黒沼を釣る。
黒沼が油断した隙に全てを暴く。
皆の意見は一致したが、秀麗の覚悟は誰も考え及ばないものだった。

芳は自分の手の者に合図を送った。
その中で1人が上様の元に走る予定だった。
『間に合うか・・・』
芳とて出来る事ならば、秀麗に手を汚して欲しくはなかった。


芳は仲間に合図を送った後、又天井裏から下の部屋の様子を窺った。


「本当にこんな狭い所に咥え込む事が出来るのか?」
まだ男の体を経験した事のない黒沼は秀麗を四つん這いにして
その後ろを覗き込んでいた。

「あぁ・・お止め下さい・・・」
秀麗は涙をぽたぽたと零しながら訴えていた。
黒沼の手が秀麗の小さい尻を左右に分けた。
「いやぁ・・助けて、お願いで御座います」

黒沼の太い指が秀麗の蕾をさわさわと撫で回している。
「やぁっ、それ以上はお止め下さいませ」
秀麗の口から漏れる言葉は、半分は本気、そして半分は黒沼を煽る為だった。
その湿っていない指を強引に後孔に押し込もうとしても
入り口で跳ね返される。

「きついな」そう呟くと
「おい誰か椿油を持て!」
と障子の外で待機している手の者に命じた。
「はいただ今」

暫くして椿油の入った瓶をひとりの男が持って来た。
黒沼と少年の行為の途中に一瞬眉を顰めた後に
その瓶を差し出した。
「こちらが椿油に御座います」
「うむ・・・おぬし見ない顔だな?」
「はい、先日こちらに雇い入れられました、蓮三郎と申します」

「お主もなかなか綺麗な顔をしておるな」
すっかり気を良くしている黒沼は、椿油を持って来た青年の美貌に目を見張った。
「お前もそのうち可愛がってやろう」
「有難き幸せに御座います」
その蓮三郎という男が艶かしい顔で黒沼に微笑んだ。
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